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2011年9月1日楽法寺だより9月号


うとうとと 彼岸の法話 ありがたや

 厳しい暑さも峠を越え、朝晩が涼しく感じられる季節となりました。
日本では、旧暦9月を長月(ながつき)と呼び、現在では新暦9月の
別名としても用いています。
 長月の由来は、夜がようやく長くなる月の意の「夜長月(よながつき)」の
略であるとする説が最も有力です。
 この月は菊の花の盛りにあたるため菊月ともいい、また紅葉の季でも
あるため紅葉(もみじ)月、木染(きぞめ)月などの称もあるほか、漢名では
季秋、無射(ぶえき)、玄月(げんげつ)などともいうそうです。

 今来むと 言ひしばかりに 長月(ながつき)の
    有明(ありあけ)の月を 待ち出(い)でつるかな

9月の夜長、待ち人がくるのををひたすら眠らずに待っているうちに、
夜明けに出る有明の月が出てきてしまいました。
と、『古今集』に素性法師が詠われているように、
何となく人恋しく縁の大切さを感じる季節ともいえますね。

 どこからともなく聞こえてくる虫の音や、山夜に映えるおつきさまに
亡きご先祖様を想う一日一日をお過ごしください。

秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数うれば 七種の花

  

 秋に花の咲く草の中から代表的なものを7種選んだものを秋の七草と
言います。
 春の七草は、人日の節句(1月7日)の(朝)にその一年の無病息災を
願って食べられるものですが、秋の七草はそれを摘んだり食べたりする
ものではなく、眺めて楽しむもので、秋の野の花が咲き乱れる野原を
「花野」(はなの)といい、花野を散策して短歌や俳句を詠むことが
古来より行われていました。

  

万葉集の中にも山上憶良が、
「秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数うれば 七種の花  
  萩の花 尾花葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花」
と詠まれています。

 

今日彼岸菩提の種をまく日かな

 お彼岸という言葉は向こう岸、彼の岸と書いて仏様の世界のことを言います。
その反対の此岸、つまりこちらの岸は私たちの毎日の暮らしの世界を言います。
 私達は、日頃、欲ばりの心、怒りや愚かさによって、つまり、
貪・瞋・痴という、三毒の煩悩によって、悩んだり、苦しんだりして、
心安らかな日ぐらしがなかなかできません。
 菩提の種をまくとは、煩悩をたちきって、悟りの道へと進むもとに
なる種をまくということです。



 よごれたバケツの水をきれいにする方法は、よごれた水をすてて、
新しいきれいな水を注げばよいわけですが、私達の、よごれた心の水は、
一度にとりかえるようにはなかなかいかないものです。 今一つ、
よごれた心の水をきれいにする方法は、よごれた心の水の中に、
少しずつでもきれいな心の水を注ぎ続ければ、だんだんときれいな
心になっていきます。



 朝晩、仏様に合掌礼拝し、仏様に感謝の手を合わせることによって
仏様の光をいただくことができ、煩悩によごれた私達の心を、
少しずつでも清らかなものにしてただけるわけです。 
先祖を敬い、亡き人を偲ぶ、彼岸のお墓参りの中にも、
この光明をいただくことができます。
 おかげさまの感謝の日ぐらしが、菩提の種をまく道でもあります。

到彼岸の六つの菩薩行

 草の庵にたちても居てもいのること
        われより先に人をわたさん
                  道元禅師

 古くより仏道修行者は、自分がさとりを得ることを求めて
修行に励んでいました。
 しかしある時「自分ひとりがさとりを得ても、本当に私は
幸せになれるのだろうか」と、考える修行者が現れました。
辺りを見渡せば、貧困や争い、老いや病、死への恐怖が
人びとにあふれていたのです。
「人びとを置き去りにしてさとりを得ても、私は本当の幸せには
たどり着けない」と、修行者たちは人びとと共に生き、
苦楽を分かち合い、接する全ての人との幸せを自らの幸せとして
いくことを誓いました。
「まわりの人びとの苦しみを救い、安楽を与える生き方を目指したい」
 六波羅蜜(ろくはらみつ)の教えは、こうした修行者の願いから
生まれたのです。


     六波羅蜜(ろくはらみつ)とは

布施(ふ せ)   物でも心でも喜んで与えます

持戒(じかい)   良い行いをして決して悪い行いはしません

忍辱(にんにく)  苦しみや悲しみに耐え、むやみに腹を立てません

           
精進(しょうじん) 怠ることなく心を込めて励みます

禅定(ぜんじょう) 落ち着いて、身を調え、息を整えて座ります

智慧(ち え)   仏の道に目覚め、菩薩の正しい判断力を体得します

万灯会に祈りを込めて

 古くからお寺は多くの方々が集まる安らぎの場であり、
信仰の場でありました。
 今、なくなりつつある古(いにしえ)の縁日の情景、父母や祖父母に
手を引かれてお参りしたお寺・・・
子供から大人までのすべての方が共に、大切なご先祖様の御霊に感謝して、
かけがえのない命の大切さを学んでいく・・・。

 その原点に戻って自分自身を見つめ直していていただきたいと
いう思いから、この法要が始まりました。
 さあ、ご家族で、お友だち皆様でお寺にお参りください。

秋彼岸万灯会の詳細はこちら
           

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