加西西国霊場第一番札所になっています當山楽法寺は、
戦国の武将赤松氏と何らかの関わりがあったと伝えられています。
赤松氏は戦国時代にかけて播磨地方に強い勢力を持ち、小谷城を始め各地に城を築いています。
赤松氏の王子為重郷(ためしげこう)の手により
最初は現加西市大内町に建堂されます。
最初の寺名は赤松山浄正寺と呼ばれ、為重郷が病に倒れた際、
安置していた清水観音を信仰して治まったことから、
別名清水寺とも呼ばれていました。
その後善称寺と寺名が変わっていきましたが、戦乱などで衰退していきます。
そして、承応元年(1652年)今から約350年前に
現在のこの地に移築し、本尊釈迦牟尼仏を安置し、
姫路景福寺第十四世然室尖廓大和尚を招き、天台宗だったのを曹洞宗に改めて楽法寺として
姫路景福寺の末寺となったわけです。
前本堂は享保3年八代将軍吉宗の時代に改築され、平成10年までの約300年の間、時代を見据えていきました。
山門は戦国浄正寺時代のものといわれ、歴史の長さを感じさせる風貌です。
現在の本堂は平成12年に建立され、
約300年ぶりに新しく建て変わりました。
楽法寺にゆかりの深い大本山永平寺貫首宮崎奕保大禅師猊下をお迎えして落慶法要が行われました。
柱はケヤキ材、瓦は三州瓦が使われ、
軒下には海老虹梁が四本はめられており、
雄大で且つ美しい本堂です。
山門は当寺が承応元年(1652年)に大内町から現在のこの地に移転した際に建立されました。
戦国時代(赤松山浄正寺時代)小谷城の城門として使われていたものと伝えられており、今から約500年前の建物と推定されます。
しかし、近年門を支える柱の腐敗破損が著しく、地震や大型台風で倒壊する危険性も指摘され、この度平成23年より新築工事が始まり、平成24年には皆様の前に雄大で荘厳な姿が現れる予定です。
平成5年、禅堂裏に
総丈6メートルの石仏観音像と庭園を造成。
大本山永平寺貫首奕保大禅師猊下をお迎えして
落慶法要が行われました。
名称を皇寿観世音菩薩(こうじゅかんぜおんぼさつ)とし、長寿の観音様として親しまれています。
庭園の名称は蒼悟苑(そうごえん)とし、鳳凰が舞い降りる安らぎの世界をイメージしています。
毎月18日に観音講が行われ、12月15日には、長寿、ぼけ封じ、厄除けなどの祈祷法要が盛大に行われています。
平成19年度より、新たに本堂内に約500個のローソクと境内に約300個のあんどんが並び、
秋彼岸万灯会の法要が行われています。
縁日、子供献灯が行われ約500人を超える参拝客で
にぎわいます。
毎年行なわれ、宗教、宗派を超えた地域参加型の
イベント法要として、新たな歴史を刻みます。